「講」とは、平安初期に起こった「法華八講」に始まるとされている。僧衆が仏典を講読・研究する集団であったが中期以降、追悼供養の信仰の広まりや神仏習合の流行などから多種多様な講集団が誕生した。現在でもお伊勢参りや富士講等、全国的に様々な講集団の活動が確認できるが、戦後その数の減少は著しい。
本稿では、私の住む播磨町古田に今なお現存する複数の講集団を調査し、文書をひもとき、聞き書きをしながら、その歴史や活動実態から現存する理由を探った。また、地域社会における講集団の役割と価値の変化、今後の在り方について大歳講を中心に考察した。
写真:大歳講文書「葵天保十四年 大歳神頭人順番帳 卯正月吉良日」